先生は、強いネガティブ思考のエネルギーは、方向を変えたら、その強さの分だけ自己実現のためのエネルギーになると言うんですね。私の強いネガティブ思考は、方向を変えたら武器になると言ってくれて、「ああ、そうなんや」と、それも目からうろこでした。
1週間に1回のカウンセリングを5年間受けて、そろそろ一人でやって行ったらとなって、最後の半年ぐらいはゴールに向けてのカウンセリングをやりました。最終日のカウンセリングはほんとにオイオイ泣いて終わりました。これからは一人でやって行かなあかんなと思いました。
それでちょっと一人でやってたんですけど、人間関係でトラブってしまいました。多分私自身が変わったので、今までの人間関係の作り方で知り合った人たちとかみ合わなくなったんだと思います。それまでサポートしてくれていた人たちは、できない私、失敗する私、自己実現できていない私だからサポートしてくれていたのかもしれないと思います。コンサートの実行委員会で「なんでいつもMASAのサポートせなあかんねん」みたいなことを言われたりもしましたが、それまでにとても世話になった人たちなので、そのときも何と言ったらよいのかわかりませんでした。そしてどんな風に、その人たちと付き合ったらよいのか悩んだのですが、今までとは違う付き合い方がその人たちとはできずにいました。

大学を卒業したあと1年間ぐらいは、プラクティカルトレーニングというのがあって滞在できたんですけれど、もうちょっとニューヨークにいたいなあと思いました。それまでも、ずっとニューヨークに住んでいたいという気持ちがありましたので、永住権を取ろうかどうしようか考えました。その判断をするために、いろんな人の話を聞いたんですが、何年もかかるということで、すごく迷いました。どうしたらいいか判断しかねてカウンセリングで相談したら、「そんな2年や3年は、あっという間に経ちますよ」と取得の後押しをされました。
とは言え、取り方がかわからなかったのですが、カウンセリングで、日本人向けにグリーンカードの取り方の講演会を弁護士がやっているのを教えてもらいました。ステイタスの事で悩んではる人らがたくさんいて、困っている人たちはみんカウンセリングに行っているので、そういう情報もカウンセリングセンターに集まってくるんですね。それで、その講演会があることを、先生に教えてもらって、出かけていきました。
それで、まずアーティストビザが取れました。次にそのパターンで、同じように永住権の申請をしたら、永住権も取れました。それまで、Jazzサキソフォンプレイヤーで、永住権を取った人はあまりいてないと思います。たぶん私が最初じゃないかと思います。
Jazzプレイヤーで永住権なんかなかなか取れないとみんな思っていました。だからみんなジャズプレイヤー以外の方法で永住権を取っていました。たとえば普通のレストランで働いて、レストランから永住権を得たりとか、日本語と英語の文化的な橋渡しをするのに役立つ特殊技能のを持っているというので、特殊技能のH‐1ビザを取ったりとかしていました。つまり、真正面から自分の本業で、ビザや永住権を取ってはれへんのですよ。
私はカウンセリングを受けていて、そこで得た情報で、弁護士に相談することができて、その助言で真正面から自分の本業で永住権を取ることができました。

世の中には、そういう活動をしているのを、見てくれてはる人がいて、推薦してくれたんだと思いますが、2001年に大阪府のプリムラ奨励賞をいただきました。カウンセリングを受ける以前の裏街道(ばかり歩いていたのとは違って、表街道も、少しは歩けるようになってきた感じがしています。