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2013年12月5日木曜日

パン屋さんのスズメ

 
南海本線堺駅のスズメさん。
手から食べてくれるので、その場面を写真に撮ろうとすると…


ダッシュで逃走!でもパンはしっかりくわえて行きました。
            yo

2013年8月19日月曜日

熱中症になったら~伝聞体験記~

知り合いが熱中症になった。最初動悸がして、パニック障害になったのかと思ったそうだ。続いて息苦しくなり、吐き気、めまい、頭痛と発熱と来て、これは何か重大な異変ではないかと思い、薬箱を見たときに、1本のポカリスエットが見えた。飲んでみたら、まず動悸が治まった。そして下痢が始まり、それとともに吐き気が治まった。そこで熱中症ではないかと思い当り、ネットで検索してみたところ、彼女の症状が熱疲労という項に書かれている症状とピッタリ一致。それから、これは熱中症だということで、塩水に蜂蜜を入れてちびちび飲み始めることに。

 その日彼女は模様替えをしていたとのこと。汗をかくので、熱中症に用心せねばと意識的に水分を摂取していたそうだが、夜になり、先述した症状が始まったとのこと。水分だけは取っていたものの、塩分や糖分を摂取しなかったので、体内の電解質のバランスが崩れたのだと思われる。つまり熱中症予防には、水分だけを取っていてもダメということ。
吐き気が治まったところで、何か食べねばと、冷蔵庫にある納豆を食べ、ドライマンゴーを食べる。あれこれ調べてビタミンBが必要とのことなので、ありあわせの豚肉と野菜を煮て食べる。吐き気も治まり、ものを食べることもできたので、これでよくなるかと思ったが、念のために翌日の約束をキャンセル。眠りにつく。

そして翌日。物は食べられるし、吐き気も治まったが、調子は戻らない。頭痛は治まったものの、倦怠感があり、だるくてしょうがない。横になっているから、いつまでもだるいのかと思い、起きてみるが、めまいがして、本のしばらくしか立っていられない。動悸は治まったものの、息苦しさは続いている。熱も37度から下がらない。もちろん、熱中症だとわかった時点から、部屋のクーラーを強めに入れ,首、腋の下、足のつけ根を冷やしている。それでも調子はよくならない。
そこで改めてネット検索。わかったのは、冷やし方が足りないということ。彼女は冷えピタで冷やしていたのだが、それでは不十分。氷で冷やすか、凍った蓄冷材、つまり氷のようなギンギンに冷えたもので冷やさなければならなかったのだ。 なぜかというと、内臓の熱を下げるため。

 熱中症で熱が37度あるときは、内臓は40度くらいになっているらしい。風邪ひき等のときの熱は、自分の体が自分で熱を出しているので、風邪がよくなるにつれて自然に熱は下がっていく。しかし熱中症の熱は自力で出した熱ではなく、環境につられて上がった熱なので、放置していては下がらない。その程度の熱では細胞が死ぬことはないが、内臓の熱が下がらないと、次第、次第に体が弱っていく。というわけで彼女も氷で冷やし始めた。すると、息苦しさが治まってきたという。熱も下がってきた。

ちなみに、立つとふらつくのは、水分不足により血液の量が減っていて、立つと頭にまで血が回っていかないためらしい。足を高くして横になるようにと言われるのは、このため。さらにネット情報ではあるが、重度の熱中症では、開腹して水をかけて内臓を冷やすこともあるという恐ろしい話。

 室内でも熱中症になることは十分にあり、睡眠中に熱中症になることもあるというこの夏の暑さ。思わなくことで&ネットに助けられて熱中症に詳しくなった知り合いからの情報でした。  (加藤)

     

2012年3月21日水曜日

みかん売りお姉さん

昨夜のこと、家の近くで声をかけられた。何の用事かと思いきや、みかんの行商。なんばにある果物屋さんだと言う。持っているのは、というか残っているのは「せとかだけだ」が、買っていかないかと言う。車で来たのかと聞いたら台車に積んできたと言う。「なんばから台車ということはないだろう」ということに思いあたったのは、ずいぶん後になってから。なので、、「どこまで車できたの」というのは聞き損ねた。
昔の、おばさんが大きなかごを背負ってというイメージの行商ではなく、明るく元気なお姉さん。何かあれば、要するに不良品だったり、味が悪かったら、ここに電話くれとダイナミックフルーツというビラをくれた。あちこちに営業所があって、なんばの果物屋というのは、大阪営業所。こういう行商というのは今、はやりなのだろうか。

最近よく見るのは、黄色いジャンパーを着て、日本全国のお菓子を売っている青年たち。最初に見たのは、堺市の福祉祭りのときだったから、福祉施設の出店かと思っていた。その後あちこちで見る。「どういうグループ?」と聞いたら、お菓子屋だと言う。阿倍野にある全国のお菓子を扱う店で、こうやっていろんなお菓子を皆さんんにお届けしていると言う。お届けといっても、台車に乗せて道行く人に声をかけ売り歩いていているのだが、おばさんには声をかけやすいのか、しょっちゅう声をかけられる。
こちらも行商というイメージと違っていて、明るくて、フレンドリーで、福祉祭りのときに福祉関係者と間違ったような、ある雰囲気がある。
時々見かける、トラックに林檎積んだり、柿積んだりして売りに来ている本当に行商チックな人とは感じが違う。何なんでしょうね。

で、みかんは「せとか」ではなく、4つだけ残っていた「はまさき」というのを買ってみた。ぶどうのような味がするみかんなんです、とのこと。食べてみたらおいしかったけど、私の舌がにぶいのか、みかんの味しかしなかった。「あゆみじゃなくて、はまさき」という親父ギャグつきで買ったのがこのみかん。1個250円。ちょっと高めだけど、きよみとか、はるみとか、エトセトラのみかんと同じくらいかな。

そして昨日、このみかんを買った彼女、今日も夜の町にいた。毎日毎日、売り歩いているのだろうか。使用人の身です、と言っていたが、ただの使用人では、あんなに元気に明るく、ハードな仕事ができるとは思えない。
お菓子売りの青年たちにも同じような印象を持つ。何なの?彼らは・・・・・

2012年3月19日月曜日

休眠状態のブログ。目覚めよ!いわき市ハワイアン報告

せっかくのFemi-Palニュース。休眠状態が続いています。目覚めさせるために、投稿を。

3月12日、郡山での仕事の翌日、福島でフラガールを見て来ました。
映画「フラガール」の、あのフラガール、福島県いわき市のフラガールです。
今は、昔よく聞いた常盤ハワイアンセンターという名前ではなく、スパリゾートハワイアンズという名前でした。

震災被害を受け、グランドオープンをしたのが、2月8日。それまでは仮設の舞台だったそうです。そしてその仮設の舞台の前は、全国キャラバン。キャラバンなど、震災後からグランドオープンまでのフラガールの苦労は、彼女たちを取材して作られた番組がありますので、そちらを見ていただくとして、私はハワイアンズの個人的報告を。

ホテルが満室で泊まれなかったので、郡山から日帰りでフラガールを見に行くことにしました。3月19日まではグランドオープン記念で半額。ホテルにも泊まりたかったな。

何しろ「ハワイアン」ですから、あったたかいというより暑い。泊まり客のみなさんはほとんど裸。プールもあって泳いでいる人もいる。濡れた体でもOK、なぐらい暑い。当方冬支度の格好ままでしたから気分が悪くなりそうなほど暑い。脱げるものはみんな脱いで、何とか耐えていましたが、ショーが始まったら暑いのを、すっかり忘れてしまいました。

少人数で優雅に踊るプログラムもありましたが、やっぱり大人数で賑やかに踊るのが、見ていて楽しい。こちらも元気が出ます。カウボーイのような格好で踊るもの、長めのスカートで踊るもの等、衣装も楽しい。男性ダンサーによる踊りもありました。火を持って踊る。なかなかに力強い踊りでした。
とにかく楽しんで、サービスのフラガールとの記念写真も撮ってきましたが、こちらは非公開。

舞台終了後、ダンサーたちはムウムウのような服に着替えて、施設内に出てきていました。場所を尋ねる客の案内などしていましたから、舞台が終わったら、施設内で働くのでしょうか。びっくりです。

映画「フラガール」の冒頭に「福島県いわき市」という文字が出てきますが、震災以降と震災以前ではその文字を見るこちらの気持ちが違います。石炭から石油へというエネルギー革命と言ったらよいのか、エネルギー政策と言ったらよいのか、に翻弄され、そこから立ち上がるために取り組んだハワイアンセンター。とても大きくてきれいな施設でしたが、そこに、今回の震災と原発事故。閉山からせっかく立ち上がったのに、原発事故だなんて「何すんねん」という感じ。福島県民ではないけれど、本当にそう思います。原発も石油から原子力へというエネルギー革命だったのでしょうが、炭鉱の閉山と原発事故とでは、インパクトが違う。再び立ち上がったハワイアンセンターのためにも、原発は廃炉。当然、関西電力の福井も停止、廃炉。その他の原発も停止、廃炉。そんなことを考えながら、でもハワイアンをしっかり楽しんできました。 (加藤伊都子)