2011年10月17日月曜日

ミラル*パレスチナに咲く花*

パレスチナについて気になり始めたのはいつ頃だっただろうか。
定かでないが思えば物心つく頃から、いつも頭のどこかにその名前があった。
1948年から1994年、つまりイスラエル建国宣言の年からホワイトハウスでオスロ合意の調印に至った年の翌年までのパレスチナ。この映画はその歴史の中で生きた女性たちを描いている。原作は、エルサレム生まれのパレスチナ人で主にイタリアで活動するジャーナリスト、ルーラ・ジブリールの自伝的とも言える本らしい。
 
冒頭のクリスマス・パーティが、まず意外だった。
エルサレムのパレスチナ人というイメージから遠い気がしたのだ。とは言っても、確かにここがキリスト教の聖地でもあることを考えれば、別段不思議はないのかも知れない。
もうひとつ意外だったこと。そのパーティで賑やかにお客をもてなしているのは、ヴァネッサ・レッドグレイヴではないか。この人をスクリーンで見るのはあまりにも久しぶりで、似ているけど本人?と一瞬訝しんだが、目の表情や雰囲気はすぐに「ジュリア」の頃を思い出させた。但し彼女は主役ではなく、サプライズのごとく登場したのはこの場面だけである。
 
パレスチナとイスラエルの間にある問題は、その起源を辿れば旧約聖書の時代にまで遡ることになり、生半可な知識で語るのは難しい。
パレスチナの人々の暮らしはどのようなものだろうか。自治区という名の占領地で暮らす人々、生まれた土地を追われ周辺の国々の難民キャンプで暮らす人々。パレスチナ人とひと括りにはできない複雑な違いはあるだろうが、目に浮かぶのは平穏な生活からはかけ離れた弾圧と、武力による攻撃にさらされる姿だ。
しかし、この映画の主要な舞台となっている“ダール・エッティフェル(子どもの家)”
は、まるでそこだけがユートピアさながらの別世界に見える。
これはユダヤ民兵組織によって親を殺され孤児となった子どもたちを養育するため、1948年、ヒンドゥ・ホセイニが私財を投じて設立した実在の寄宿学校である。彼女は1994年に死去するまで、生涯を孤児たちのために捧げた。

主人公であるミラルもこの学校で教育を受けた一人だ。
ミラルがここへ来るまでには、入水自殺してしまう彼女の母親を始めとして多くの人々の苛烈な人生が交錯している。母の死後、彼女は父によって慈しんで育てられたので孤児とは言えないかも知れないが、実はその父とは血縁関係がないことが後に明かされる。

学校の中は“守られた場所”だ。ヒンドゥは終始一貫して政治には関わらない姿勢で、その門の外側にある過酷な現実から子どもたちと学校を守ってきた。
ここで育てられ教育を受けた子どもたちは幸運と言っていいだろう。
しかし、17歳になったミラルは難民キャンプへの訪問をきっかけに、外側の世界を知ることになる。武装したイスラエル軍が突然現れパレスチナ人の家を破壊する。一瞬で生活の場を奪われ茫然と立ち尽くす人々。それが日常的光景になっているという理不尽を目の当たりにして、もう知らなかった時の自分には戻れないのだ。
やがてミラルは、投石による抵抗運動インティファーダにも参加し、活動家の青年とつきあうようになるが、、

この映画の監督、ジュリアン・シュナーベルはユダヤ系アメリカ人である。
彼の両親はユダヤ人互助組織に関わっていたという。
シュナーベルは元々画家であり、映画を撮るようになってからもアート畑の人というイメージがあった。彼がこの映画を撮った本意はどこにあるのだろう。
興味深いところだが、正直に言うと映画を観た後もそこがよくわからなかった。
彼女たちの実人生の重さに比して、その描き方は上滑りの印象を受け、焦点が曖昧な網羅的描写の底の浅さも感じた。期待して観たのだが、中途半端な気分が残った。

ミラルはパレスチナを後にして外の世界へ出て行く。
それが彼女にとって生き延びる道だったのだろう。ただ、そのことを即“希望”と言い表すことには引っかかりを覚えた。
パレスチナとイスラエルの関係は、和平へ向けてわずかに進展したかに見えてまた後退する繰り返しで、パレスチナの人々がおかれている状況は厳しいままだ。イスラエルの実質的な後ろ盾である米国は、解決に向けて動く気が有りや無しや、問題がたな晒しになっている感がある。
video数日前のテレビには、パレスチナの国連加盟申請について演説をするアッバス氏の姿が映っていた。そのニュースを見ながら、私はパレスチナの音楽グループ、サーブリーンのことを思い出していた。                       
1992年に彼等は来日し、東京と京都の2箇所のみでコンサートを行った。天井の隙間から空が見える京大西部講で、私は彼等の演奏を聴いたのだ。
昨年来、巨大なうねりとなって中東の国々に革命をもたらした “アラブの春”、その風はパレスチナにも吹いているだろうか。


  そして仲間たちがなぜ奪われたのか
  なぜ僕たちの歴史が大破局を迎えたのか 
  二度も 三度も迎えたのか 
  その理由を知らなければならないのだ
                 

「故郷を愛する歌」  サーブリーンCD『預言者の死』より
     (2011.9.28 矢車菊 香)